死なないためのヒキコモリ日記

ヒキコモリ生活中心に何でも書いてしまえ的な日記。死なないために綴るのだ

考えがまとまらないので適当に書きなぐってみた

あー、3日?4日?もあいてしまった。

毎日書くつもりだったのに....

また頭がぐちゃぐちゃになってしまったから

 思いつくように書いてみよう。

ブログに書いておいてなんですが、

ろくなこと書いてないのであんまり読まないで(ノ´□`)

 

 

今の状況(ひきこもり)から抜け出すということは、どういうこと?

あこがれ

このままの状態じゃいけないことはわかっている。それじゃどうなりたいの?どうなるのが理想?運よくこの先就職できたとして、それで解決?ちがうよなあ。たとえよい企業に就職できたとしても俺の心理状態は変わらない気がする。そりゃいくらかはマシになるだろうし、一応の世間体も保てるわけだから、そこにあんのんとしていられるかもしれない。でも!いつかふとした瞬間に絶対に俺の心に浮かんできて、後ろ髪を引くものがある。それはなに?いままでも何度かあったこと。それでこんな状況になってるんだろ。それは、あこがれ?きっとそう。もやもやとした色々なものに対するあこがれが、俺の心を占領して、その瞬間のもしかしたら幸福かもしれない状況をひどく後悔するように仕向ける。あの時あれをやっていれば、ずっと続けていれば、少しでも嗜んでいれば.....今の状況はかなり違ったに違いないと。後悔。後悔。何も真剣に取り組んでこなかったことに対する後悔。やりたいことはいっぱいあった、あこがれているものはいっぱいあった、なのになんでやんなかったの?誰に反対されたわけでもない。金銭的に乏しかったわけでもない。俺をあこがれから引き離すようなものは別に何もなかったはずなのに。なんで?なんで何にもできないの?なんにもしてないの?まだできると思ってんの?思ってる。じゃあなんで今からでもやらないの?もう遅い気がする。いまさら何を始めても、遅いんじゃないか。そういやいつもそんなことを思っていた。高校のときも、大学3回生のときも、去年だって、今から考えればあの時やっていれば決して遅くはなかったはずなのに......。今は?今は?まって。ちょっとまって。なんで遅いと思ったんだろ?遅いと思ったというか、いまさらこんなことをしてる場合じゃないと思った、かな。そんなことしてる暇があったら、もっとすべきことがあるんじゃないの?って。踏み込めなかった。踏み出したことはある。たとえばギター。父のエレキを借りてちょっとやってみる気になった。が、そのうちに段々と、そんなことしてる間にアレをやればアレが上達するのに、とか色々なものに対する自分の可能性に目がいって集中できなくなる。いまソレに取り組んでいるということは、アレに取り組む時間を無くしているわけだから、つまり自分の可能性をひとつ潰しているわけだ。なんてことを考えてしまう。そんな才能あふれる人間であるはずもないのに....。結果、なにかひとつに真剣に取り組むということができないまま、色々な可能性をちょっとずつ探って、どれひとつものにできなかった。二兎追うものはってのがまさにそれで、つまり欲張りだ。いや、傲慢かな。何でもできると思った。それができている人がいるんだから、俺にできないはずない。なんてたぶんそういうふうに考えていた。他人を見下してたんだろうか?他人を関心させたかっただけだろうか?単純にみれば、ただ好奇心旺盛で、飽きっぽかっただけかもしれない。でもやっぱり、好奇心の背後には「おれだってできる」という慢心があたように思うし、飽きてしまうのは「今こんなことしてなんになる?ほかに可能性があるよ?」という中途半端な欲深さがあったからだと思う。そんなことを繰り返しているから、いつまでたっても頭のどこかでいろんなものに対するあこがれがモヤモヤと後を引いてるんだ。それで前に進めない。なにをしていても、あの時あれをしていれば....というありえたかもしれない自分を想像して、そうではない現在の自分に絶望する。後悔。後悔。ずっと後悔がわだかまって、このも先それが邪魔するんだろうな。そこから抜け出すにはどうしたらいい?後悔を払拭するにはなにをすべき?なにか仕方があるはずだ。たぶんやるべきことは、、あこがれにけじめをつけること。どうやって?たとえばおれは以前からシンセサイザーにあこがれていた。大学生のころ何度か始めてみようと思ったけれど、お金がかかりそうだし、いまそれをやってどうなるの?って思いもあって、しかも上達しなければその時間と金が無駄になるじゃん、なんてウジウジ考えて結局やらずじまい。でもあこがれは残ったまま。だったら思い切ってやってみろ!ってことで最近ちょっとDTMというものに手をつけてみた。これは意外とお金がかからないし、始めるだけなら手軽にできた。これを続けてみよう。満足のいくまで打ち込んでみよう。少なくともあきらめがつくまでやり続けること。一番いけないのは中途半端に見切りをつけること。そうしたらまた来年あたりに、ああ、あの時から続けてればちょっとは上達したろうに....と後悔するに決まってるんだから、いませっかくひきこもりニートでたっぷりある時間を、今までのあこがれに費やそうよ。ちゃんとけじめをつけよう。なんとなく諦められないんでしょう?だったら満足いくまでやってみろ。そんなことこそ大学時代にやるものだという後悔の念はこの際わすれろ。計画的にあこがれに打ち込め。そしたらきっと何かすっきりする気がするよ。.....これってワガママ?やりたいことをある程度我慢して働くのが社会人なんじゃないの?だれだってそりゃあこがれはあるだろうさ。おまえだけ働かずに好きなことするの?今までなにもしてこなかったのは事実だし、それを認めないと。そういう自分も認めないと。理想とは違う自分も受け入れないと。働きながらでも趣味の時間はあるのよ?歳とってからでもできるんじゃない?...............んー。でも。そうだけど、そういう自分をおれは一度受け入れた、はずだった。いろいろ悩んで、考えた結果、ありのままの自分をしっかり見つめる決心をしたはずだ。でもその精神を結局保てなかった。だから現状があるわけで.....。もう一度?んー、怖い。なにも持っていない自分を世間にさらけ出すのが怖い。自信がない。心に芯がない。自分のなにを拠り所にしていけばいいの?自分の低脳さを感じてしまったとき、何にすがったらいいの?おれは劣等感を感じるのが怖い。それってすっごい臆病。自分にないものを他人に見たとき、すぐひけを感じるしすぐ嫉妬する。それがもしかしたら変なあこがれの原因かもしれない。おれだってできる。そのわりに努力をしない。けっかできない。だからずっと羨む。常に劣等感を感じる。ダサい。これはかなりダサい生き方だ。おれってそんな生き方してきたかな?いま悲観的になっているだけだろうか?わからん。

 とにかく、今のおれにできることは、ひとつでもいいからあこがれにけじめをつけること。ずっと尾を引く後悔の念をちょっとでも断ち切ること。そしたらなんか見えるかもしれない。

 

家族

 内面的な解決法はそれをやっていくとして、もっと早急に解決すべきことは。家族との関係。ここ一年まともに喋っていない。ほとんど顔さえ合わせてない。これは我が家にとってかなり異常事態なんだけど、これは原因である俺が心を開かないことにはどうにもならない。家族はきっと受け入れてくれるはず。優しいから。だから後は俺がなんとか、少なくとも家のなかでは今まで通りの自分に戻る努力をしなくちゃ。なんでこんなことになったかというと、仕事を放棄してひきこもってしまった自分の姿を見てほしくないから。どうしたら戻れるだろう。やはりまずは今の自分を自分が受け入れないことには、なにも行動できない。まだダメそうだ。でもブログを始めてすこしずつよくなっているのは確かだ。今月はカウンセリングに行ってみようかな。去年の5月に3回ほど行ったきり行かなくなってしまったから。別の病院にしようか......。

 

通院

 自分が精神的にどこか普通でないことを認めないといけない。思い返すと高校生のころから気分に変なムラが出始めたけれど、これまでそれがちょっと異常だということを自分では認めずにきた。自分の弱い部分を絶対に人に見せたくなかったから。家族にも。だからなんとなく誤魔化しながら生きてきてしまった。それがよくなかったか。今でも、自分がひきこもりになってしまっていることを誰にも知られたくない。たとえ立ち直れたとしても、そのような過去を人に話すことができるだろうか。そうなれば随分気が楽になるような気がするが。とにかく病院には行こう。

 

まとめ

今の状況(ひきこもり)から抜け出すにはどうすればいいか。

・家族や友人関係を取り戻す。

・あこがれにけじめをつける。

・通院してしっかり自分と向き合う。

 

ちょっとずつ自分と向き合える時間が増えてきた

明日は図書館に行ってみよか

部屋の掃除をしてやろうか

そんな些細なこと考えられるようになっただけでも十分改善していると思う。

ついこのあいだまでは、そんなこと考えるのも気持ち悪かった。

なんにも考えたくなかった

ずっとベッドで動画サイトみてただけだから

 

徐々に自分と向き合える時間が増えてきた

相変わらず気分は冴えないけれど

もう少しでなにかよくなりそうな気がする。

弟はラッパーになりたいらしい

中学生の弟がラップにはまってるみたい

さっきサイファーイベントとやらに一人で出かけていった

路上で即興ラップをやりあうんだって

相当本気らしい。

 

すごい行動力だ

俺にはないなあ。

すごく応援してあげたいけど

何もできない自分。

しばらく家族ともしゃべってないから。

ちょっと泣けてきた

 

3人兄弟で、真ん中の弟は先月から大学生。

実は中学のころまで重い難病だった。

それを乗り越えて今は誰よりもしっかりしてる

高校では部活のキャプテンだったみたいだし

いろいろ積極的に活動してる。

 

俺がひきこもってるうちに

弟たちはびっくりするくらい成長しているらしい

俺に長男の資格はない。

ごめん

 

ちゃんと生きられるようになりたい。。

スペインのSですね?

って急に言われたらびっくりしません?

 

ひかりTVスマートプラン解約時のこと(ついさっき)

笑い飯・千鳥の大喜利ライブを見たくて、先月ひかりTVのスマートプランというのに登録してみた。月額350円。ひかりTVとの契約がなくてもOKなスマホ向けプラン。今月で見尽くしちゃったからひとまず解約。電話で手続きとは意外と面倒だと思いながらも電話を。

その中での一幕.....

 

オペレーター:「それではご契約番号お願いいたします。」

わたし:「はい。0882s34*****です。」

オペレーター:「ありがとうございます。0882s...エスはスペインのsですね?」

わたし:「.......ん? あ、はい。そうです....」

 

いやーまあ、マニュアルで「sはSpain」と決まってるんでしょうけど、

頭の中が一瞬カルメンになったよ。笑

だってなにもスペインじゃなくっても

soccer, school, smart, sports, socks, small, six, spoon,.........

......いや、でもやっぱりSpainが一番しっくりくるのか

でもちょっと笑っちゃわない?

 

それがなんかオモシロかったよというおはなし。しょーもないw

 

 

そういや久しぶりに他人としゃべった

僕はもともと声が低くて通らないし

最近声も出してないから、聞こえづらかったかも。

だからこそのスペインなのね 笑

ご丁寧に確認をありがとう。

 

たまには声を出さないと

今度はSwizarlandかも...

YouTubeを見ない宣言

今週のお題ゴールデンウィーク2016」

 

この一年の友はYouTubeだった

ひがないちにちバラエティ動画見つづけたり

眠くなるまでラジオ聞いたり

不安を掻き消すようにむさぼっていた

ありがたいことです

死にたくなるよりマシだから

でも..........

 

これは中毒だ。

依存症だと思う

朝起きてまず無意識にYouTube開いて

好きな芸人さんの動画探して

なんにも考えずに見たり

気づいたら夜。

それをしていない瞬間は不安でしょうがなかった

でも........

 

先日からブログをはじめて

不安が少し和らいだ

ほかの人のブログ見たり

じぶんのブログ書いたりしてる間は

ちょっといい気分。。。

依存の対象がYouTubeからブログに移っただけかもしれない

それでもこちらは能動的な活動ができている

これはかなり進歩だ

 

だからこれを機に

少しでも生活を取り戻そうと思う

ひとまずゴールデンウィーク中にやることを決めておこっと

 

 

YouTubeを見ない

有益な動画もたくさんあるのは知ってる。でも一度見だしたら止まらなくなっちゃうから、少なくともこのGW中はお休みしてみよ。

 

ブログを更新

なんでもいいから一日一回は書く!
少し書くだけでも結構頭を使ってる気がする。

 

勉強

ブログのためにHTMLの勉強してみようかな。きっと無駄にはならないはず。
あとニュースを見る。去年の出来事を何一つ知らない。まだ安倍政権だよね?マイナンバーってなに?

 

趣味

映画は観ていいよね。依存性が少ない気がするから。
あと読書。最近読んでない。レビューとか書けるといいな。

 

日光浴

もう半年くらい日の光をあびてないと思う。肌が真っ白。
昼間に少しは庭に出てみることを心がけよう。

 

 運動

一年間まともに動いてすらいない。陸上部だった面影はゼロ。
夜中ちょっと外歩いてみようかな。昼間は誰かと出会うのがいやだ。

 

 

これくらいかな。

やりたいこと・やるべきことは

たくさんあるけど

頭がいっぱいになそうだから

これくらい

 

 

みなさんよいゴールデンウィークを!

教訓なき名言集

 

この粋な希望のおかげで、わたしの孤独も華やぐのである。

               --- J.L.ボルヘス『バベルの図書館』

 

 私は昔から名言・格言というやつが好きで、中学の時分にはオリジナルの名言集なんかを密かに作っていた。もちろんオリジナルというのは名言集のことであって、名言を勝手に考えていたわけぢゃないですよ。別に誰に見せるというのでもなく、ただ自分だけのひそかな楽しみだった。すでに紛失してしまったのが惜しまれるけれど、覚えているのは、たとえばゲーテ「光が多いところでは、影も強くなる」やシェイクスピア「輝くもの、必ずしも金ならず」だったり。まあいかにも名言っぽい、といったら失礼だが、少なくとも世間に「名言」として認められているような言葉を集めていた。それがなんだかとても高尚なことに思えたのだ。

 ところがある時、ふとこんなことを考えてしまった。

 

 

こんなもの知っていたところで一体なんになるというのか? 

 

 

 私はその自問に答えることができなかった。ただ知っているというだけで、ちょっといい気になっていただけじゃないの?別に人生の指針になっているわけでもなし。すなわち自己満足。それに気づいた時から私の名言に対する関心は薄れていってしまったようで、高校生活も半ばになると、反対に名言というものを上記の理由で無意味で無価値なものと位置づけるようになってしまっていた。高校生らしい驕りといったらそうかもしれない。スカしていたといったらいいか(誰に対して?笑)。ただ名言・格言に対するそういった不信感があったことは確かで、それは古典文法や微積分に対するのと似ていた。ようするに私自身がそこに価値を見出せなかったのだ。浅はかさ。それだ。高校生ってそんなもの。

 

 そんな浅はかな私だったけれど、大学二回生の頃になると再び名言の魅力に惹かれはじめた。名言というか、小説や映画にでてくる台詞や言い回しにだけれど。それらをたまあにメモ帳に書き留めるようにしていた。特にきっかけがあったわけではない。また例の疑問に答えられるようになったわけでもなかった。そんなもの知っていたところで一体なんになるというのか?私は思い切って心の中でこう断じてみた。

 

だってなんだかカッコイイから!

 

直球。(それこそ浅はか?笑)。ちょっと自分に素直になれた気がした。好きなものは好きなのだ。理由なんざいらないさ。それでもやっぱり「何の役に立つの?」という思いは心のどこかにあった。それは大好きな小説や映画そのものに対しても同じであった。そんなもの読んで・観てなんの意味があるの?私はいつもそんなことばかり考える。省みれば私がいつまでも前に進めない原因はそこにあるように思う。学ぶ理由。働く理由。生きる理由..........。我に理由を!理由を知りたければ流れに身を投じよ!己の存在意義というのは、社会に主体的に参加することによってのみ見出せるものらしい。なぜなら「人間は自由の刑に処せられている」(サルトル実存主義とは何か』)からなんだって。実存主義とはヒューマニズムである(使い方あってる?)。私にはそれがわからなかった。河岸に這い上がり、じっと動かず考えるフリをしていた。そうしているうちに川は流れに流れて、ついに私は帰属すべき社会を見失った。ああ、やはり私は浅はかであった。果して浅はかである乎?然り、浅はかである。浅はか以外のこれなにものでもないのである(とか言ってみる)。すなわちひきこもりである。

 それでも好きなものはやっぱり好きなままで、相変わらず映画や小説は私にとって大きな魅力であり続ける。そこで紡がれる言葉も大好きだ。好きに理由はいらない。でも理由があればもっと好きになれる気がする。昨夜私は思い至った。そういうこともブログに書いたらいいじゃないか!考える素材としての趣味。それがひとつの目的になって、私が映画や小説から素敵な言葉を拾いあげることにも意義が生まれるのじゃないか。 んー、そんなうまくいくかしら?

ほら!また立ち止まろうとしている。いいからやるのだ!

 そんなわけで「教訓なき名言集」と題して、これから気がむいたら言葉(名言)を題材になにかしら書いていくことにしました。私がピックアップしていく言葉には、たぶんそれだけでは基本的になんの意味もない。すなわち教訓がない。本を読んでいて、あるいは映画を観ていて、おっ、なんかいいな、となんとなく私が思った言葉に過ぎないからだ。そんな曖昧なものを好きでいるために、私自身がそれに意義を与える。そんな試み。

 

 

ちょっと不安なのは、いつものように気分が滅入っているとき、そんな時はいろいろなことがアホらしく思えてくる。このブログにしたって、今朝起きたときにはもはや何の魅力も感じていなかった。どうでもいいと思った。私がこれから少しでも善く生きていくためには、毎朝私の枕元に立ち現れるネガティブ・ゴーストと戦っていかなければならない。ブログなんか続けてなんになるの?これからも目を覚ますたび、その疑問が頭をもたげるだろう。

そのたびに私はこう答えることにしよう。

 

 この粋な希望(ブログ)のおかげで、わたしの孤独も華やぐかもしれないから

 

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

 

 ちなみに「バベルの図書館」は103ページから。一応ことわっておくと、私が書いた内容と同書の内容はまったく関係のないものだ。少し内容に沿うようなことも言ってみよう。

------私の生きる意味というものもすでに、無数の六角形のひとつの五段の棚の三十冊中に存在しているだろうか。もしそうだとするなら、それは私にとって希望である------。

 ヘンテコですね。実際はもっと意味論的な示唆に富んだ内容になっている、はずだ。これは私の愛読書、というほどでもないが、ときどき声に出して読みたくなる。鼓直氏の翻訳が軽やかなのもあってか、音読していて非常に心地がよい。去年一年間を振り返ってみると、人との会話よりも「バベルの図書館」による発話数のほうが圧倒的に多いに違いない。んー、これは決してよいことではない。「バベルの図書館」はよいものだから、興味を持たれた方は是非是非読んでみてくださいね。

 

 

今週のお題「私がブログを書く理由」

                        ちょっと趣旨はちがったかも...

まずは感謝

昨晩はブログを始めた高揚感と、久々に頭を働かせた疲労感で、ほどよい眠りにつけました。といっても眠りについたのは朝4時くらい。最近は時間の感覚があまりない。

 

「カフェオレ置いとくよ」

という言葉で目が覚めた。

最低の気分だった。これはいつもと同じ。

昨日ブログを始めたことがアホらしく思えてきた。

時間を確認すると14時過ぎ。

パソコンの上に、母が買ってきてくれたカフェオレとサンドイッチが置かれていた。

 

夕方ころから雨が降り始めた。

雨の日は気分が晴れる。

これは昔から。

 

それでようやくブログを書く気になりました。カフェオレ飲みながらはてなブログを開いてみると、僕の記事を見てくれた方が何人かいらっしゃるようだ。星マークの横にアイコンがあるっていうのは、ポチっとしてくださったということですよね?

それがめちゃくちゃ嬉しかった。

どうせ誰も見ていないものと思いながら、それでもちょっと期待して書いていたから。

読んでくださった方、本当にありがとうございます!

 

しばらく続けられそうです(^_^)